お通夜をしなかった、義母のお葬式のこと

今年に入って、義母が亡くなりました。
お通夜は行わず、告別式のみのお葬式でした。
正直に言うと、最初にその話を聞いたときは
「えっ、お通夜をしないの?」
と思いました。
生前整理の講座でも、葬儀や告別式について学びます。
お通夜をしない告別式のみの場合、さらには告別式も行わない直葬という選択肢があることも、知識としては知っていました。
でも――
実際に自分がその場に立つと、頭でわかっていることと、気持ちはまったく別でした。
とはいえ、決めるのは夫と義妹。
義母にとっての「子どもたち」です。
嫁である私が口をはさむことではないと思い、そのときは黙っていました。
本来なら、時間にも余裕があり、お通夜も十分にできる状況でした。
実際に亡くなってから中2日開けての告別式でした。
けれど天気予報を見ると、厳しい寒さが続く中で、週末の一日だけ気温が上がるという予報が出ていました。
孫が5人、そのうち二人が東京に住んでいます。
一人はうちの息子、もう一人は義妹の息子。
仕事の都合上、なかなか休みを取りにくい状況でした。
「祖母の葬儀だからこそ、できるだけ無理のない形で参列させてあげたい」
そう考えて、週末に告別式を行う日程を組みました。
家族葬とはいえ、義母から見て甥や姪にあたる方々にもお知らせをしました。
ほとんどの方が70代。
家族以外の方は、ほぼ皆さんが1時間以上かけて、電車を乗り継いで来てくださいました。
告別式当日、参列してくださった方々の姿を見て、胸に迫るものがありました。
さりげなく杖を使われている方や、
元気そうに見えても話をすると、
「大きな手術をしてね」「薬が手放せなくて」と教えてくださる方。
98歳のお別れに来てくださる方々も、また同じように高齢なのだと、あらためて実感しました。
もしお通夜を行っていたら、
寒い夜と翌日、二日続けて足を運んでいただくことになります。
それは、やはり大きな負担だったと思います。
結果として、告別式当日は前日までとは打って変わって、気温が上がり、
とても穏やかな一日になりました。
東京組も時間に余裕をもって参列することができました。
終わってみて、心から思いました。
「これでよかった」と。
長寿の時代になり、葬儀に参列する側も高齢になっています。
喪主や家族自身も、60代、70代というケースは珍しくありません。
現役を退いている方も多く、体力的な負担は決して小さくないのが現実です。
そう考えると、
「こうでなければならない」という形にこだわるのではなく、
送る側・送られる側、双方の事情を大切にしたお葬式へと、
少しずつ形が変わっていってもいいのではないか。
そんなふうに感じました。
大切なのは、形式を守ることよりも、
無理なく、心を込めて見送れること。
今回の経験は、
これからの「お別れのかたち」を考える、ひとつのきっかけになりました。
もうひとつ、印象に残っている場面があります。
式の打ち合わせで、
「故人のエピソードを教えてください」
と聞かれたときのことです。
主人は、言葉に詰まっていました。
何をどう答えたらいいのかわからない、そんな表情でした。
決して、何もなかったわけではありません。
ただ、急に「エピソード」と言われても、
どこから、何を話せばいいのかがわからなかったのだと思います。
そのとき、式場には義母の刺繍の作品が飾られていました。
私はそれを見て、
生前、地域のサークル活動に参加していたこと、
大正琴やお花を習い、発表会にも出ていたこと、
刺繍や押絵を楽しんでいたことをお話ししました。
すると、それが
「生前はこんな方でした」
という紹介として、式の中で語られることになりました。
その場で、ふと思ったのです。
——ああ、急に聞かれても、何をどう話せばいいかわからないんだな、と。
生前整理の中には、
「お葬式で、どんな人として紹介されたいか」
「参列してくださる方に、どんな言葉を届けたいか」
を、自分で書いておくページがあります。
だから私は、
「なぜエピソードを聞かれたのか」
すぐにわかりました。
でも、一般的には、
それが何のためなのか、
どう答えればいいのか、
わからないものなのかもしれません。
元気なうちに、
自分のことを、少しだけ言葉にしておく。
大げさなことではなく、
「こんなことをしていた」
「こんな時間が好きだった」
それだけでも十分です。
それが、
残された人が迷わず、
その人らしさを伝える助けになります。
今回の経験は、
生前整理とは、
自分の人生をどう覚えていてほしいかを、そっと残しておくことなのだ
と、あらためて教えてくれました。














